退職して数か月たったころ、市区町村から分厚い封筒が届きます。中身は住民税の納付書です。
「もう働いていないのに、なぜこんな金額が来るのか」。この驚きは、退職後に起きるお金のトラブルのなかでも、かなり上位に入ります。健康保険や年金と違って事前に案内されないまま、いきなり請求書として届くからです。
理由ははっきりしています。住民税は「前年の所得」に対してかかる税金だからです。働いていた年の収入をもとに計算された税金を、退職後に払うことになります。
この記事では、元人事として、退職後の住民税を順番に整理します。退職する月によって払い方が変わること、選べる場合と選べない場合があること、そして払えないときにどうすればいいかまで、根拠とあわせて説明します。
- 働いていないのに住民税の請求が来る理由
- 特別徴収と普通徴収の違い
- 1月〜4月に辞めると、一括徴収が法律上の原則になること
- 6月〜12月に辞めた場合は選べること
- だいたいいくら来るのかを自分で概算する方法
- 払えないときに市区町村でできる相談
- 再就職したら給与天引きに戻せること
働いていないのに住民税が来るのはなぜ?
住民税は「前年の所得」にかかる
所得税は、その月の給与からその月の分が引かれます。いわば同時進行です。
住民税は違います。1月から12月までの1年間の所得をもとに税額が決まり、その税金を翌年の6月から翌々年の5月にかけて納めます。
| 対象になる所得 | その税金を納める期間 |
|---|---|
| 2025年1月〜12月の所得 | 2026年6月〜2027年5月 |
| 2026年1月〜12月の所得 | 2027年6月〜2028年5月 |
納める先は1月1日時点の住所地
どの市区町村に納めるかは、その年の1月1日にどこに住んでいたかで決まります。これを賦課期日といいます。
1月2日以降に引っ越しても、その年度分はもとの市区町村に納めます。退職を機に実家に戻る方は、しばらく前の住所地から納付書が届くことになるので、覚えておいてください。
だから、退職した翌年がいちばんきつい
退職後の家計で見落とされやすいのが、この時間差です。
住民税は、前年(働いていた年)の所得をもとに給与から引かれ続けます。
給与天引きができなくなるので、残りを自分で納めることになります。
ここが山場です。退職した年の所得(=まだ働いていた期間の収入)に対する住民税の納付書が届きます。
ここでようやく、収入が減った分だけ住民税も下がります。
特別徴収と普通徴収|住民税の2つの納め方
在職中は特別徴収(給与天引き・年12回)
会社員のあいだは、住民税は給与から天引きされていました。これを特別徴収といいます。
会社が毎月の給与から住民税を差し引き、翌月10日までに市区町村へ納入する仕組みです。6月から翌年5月までの12回に分けて納めます。
退職後は普通徴収(自分で納付・年4回)
退職して給与がなくなると、天引きができません。そこで、残りの税額を自分で納める普通徴収に切り替わります。
普通徴収は年4回の納期に分けて納めるのが一般的です。納期の月は市区町村によって異なります。
| 特別徴収 | 普通徴収 | |
|---|---|---|
| 納め方 | 給与から天引き | 自分で納付書や口座振替で納める |
| 回数 | 年12回(6月〜翌年5月) | 年4回(自治体により納期が異なる) |
| 1回あたりの負担 | 小さい | 大きい(12回分を4回に圧縮するため) |
| 手続き | 会社がやってくれる | 納付書が届いたら自分で納める |
| 納め忘れ | 起きない | 起きやすい |
★退職する月で扱いが変わる|3つのパターン
ここがこの記事の核心です。いつ辞めるかによって、住民税の残額の扱いが変わります。選べる場合と、選べない場合があります。
1月1日〜4月30日に辞める|一括徴収が法律上の原則
この時期に辞めた場合、残りの住民税は最後の給与や退職手当からまとめて差し引かれます。自治体は根拠として地方税法第321条の5第2項を挙げています。
ただし例外があります。大阪市は、「5月31日までに支払予定の給与および退職手当等の合計額を超える残税額がある場合に限り」普通徴収に切り替えられると案内しています。つまり差し引ける給与や退職金が足りないときだけ、残りが納付書に回ります。
6月1日〜12月31日に辞める|原則は普通徴収、申し出れば一括も可
この時期はあなたが選べます。
大阪市は、この期間の一括徴収について「納税義務者(従業員等)からの申出により」行うものとし、「利便性と納税の円滑化を考慮して設けられた制度」と説明しています。つまり法的な強制ではありません。何も言わなければ、残りは普通徴収になります。
何もしなければ → 普通徴収(後日、納付書が届く)
会社に申し出れば → 一括徴収(最後の給与・退職金からまとめて差し引き)
申し出るタイミングは退職手続きのとき。会社が異動届出書を出す前に伝える
5月1日〜5月31日に辞める|5月分だけ
5月は住民税の年度の最後の月です。6月からは新しい年度の税額に切り替わるので、この時期の退職では、残っているのは5月分だけということになります。
| 退職した月 | 残りの住民税の扱い | 選べるか |
|---|---|---|
| 1月1日〜4月30日 | 最後の給与・退職手当から一括徴収(地方税法321条の5第2項) | 選べない(差し引ける額が足りないときのみ普通徴収) |
| 5月1日〜5月31日 | 5月分を徴収して年度が終わる | 実質的に問題にならない |
| 6月1日〜12月31日 | 原則は普通徴収。申し出れば一括徴収も可 | 選べる |
一括徴収と普通徴収、どちらを選ぶべきか
6月〜12月に辞める方は選べます。判断の材料を整理します。
一括徴収を選ぶメリット・デメリット
| メリット | デメリット |
|---|---|
| あとから納付書が来ない。払い忘れが起きない | 最後の給与の手取りが大きく減る |
| 納付の手間がゼロで済む | 退職直後の手元資金が薄くなる |
| 滞納のリスクがない | 差し引ける額が足りないと結局残りが普通徴収になる |
普通徴収を選ぶメリット・デメリット
| メリット | デメリット |
|---|---|
| 最後の給与がそのまま手元に残る | 納期ごとにまとまった額を用意する必要がある |
| 支払いを数か月に分散できる | 納付書の管理と納め忘れのリスクがある |
| 再就職したら特別徴収に戻せる | 滞納すると延滞金がつく |
判断の目安
普通徴収でよい。入社後に特別徴収へ切り替えれば、また天引きに戻せます。
一括徴収が安心です。手元にお金があるうちに終わらせられます。
普通徴収にして分散するほうが現実的です。そのかわり、納期を必ずカレンダーに入れてください。
基本手当は非課税ですが生活費でもあります。納期ごとの金額を先に確認してから決めてください。
実際にいくら来るのか|金額の見当をつける方法
手がかりは「住民税決定通知書」
毎年5〜6月ごろ、会社から小さな紙を渡されているはずです。「給与所得等に係る市町村民税・道府県民税 特別徴収税額の決定通知書」という長い名前の書類です。
年税額(その年度に納める住民税の合計)
6月分の額と7月以降の月割額
所得の内訳と各種控除
この年税額から、すでに天引きされた分を引けば、残額の見当がつきます。
残りの月数で概算する
7月以降は毎月ほぼ同額です。
例:9月末退職なら、10月〜翌5月の8か月分が残ります。
これが、これから納めることになるおおよその金額です。
退職金にも住民税がかかる
退職金(退職手当)にも住民税はかかります。ただし給与とは分けて計算される分離課税で、支払われるときに差し引かれて会社が納入します。そのため、あとから納付書が来ることは基本的にありません。
総務省は、退職所得の計算について退職所得控除額を差し引いたうえで2分の1を掛けるという考え方を示しています(勤続年数などにより例外があります)。また平成25年1月1日以降、10%の税額控除が廃止されています。
払えないときにやること
いちばんやってはいけないのは、放置すること
納付書を封筒のまま置いておく。これがいちばん状況を悪くします。
| 放置したときに起きること | 内容 |
|---|---|
| 延滞金がつく | 納期限の翌日から日数に応じて加算されます |
| 督促状が届く | 納期限を過ぎると送られてきます |
| 財産の差押えに進むことがある | 給与・預金・不動産などが対象になりえます |
| 再就職先に知られる可能性 | 給与の差押えは勤務先へ通知されます |
市区町村の窓口で相談できること
多くの市区町村では、事情がある方に向けて分割納付や徴収の猶予についての相談を受け付けています。失業して収入が途絶えたことは、相談の理由として十分に成り立ちます。
これがいちばん大事です。滞納してからより、条件の相談がしやすくなります。
「退職して収入がなく、一括では納められない」と正直に伝えてください。
収入・支出・預貯金の状況を聞かれます。
月ごとの納付額と回数を相談して決めます。
納付書(届いているもの全部)
離職票または退職証明書(失業を示す書類)
雇用保険受給資格者証(受給している場合)
本人確認書類
通帳など、収入と支出がわかるもの
再就職したら、給与天引きに戻せる
「特別徴収切替届出書」を新しい会社から出してもらう
普通徴収に切り替わったあとで再就職した場合、残りの住民税を新しい勤務先の給与天引きに戻すことができます。
手続きは会社が行います。新しい勤務先の担当者に「住民税を特別徴収に切り替えてほしい」と伝えてください。会社が市区町村へ切替の届出書を提出します。
入社手続きの場で「前職を辞めて普通徴収になっている」と伝えます。
未納分の税額を確認するために使われます。
会社から市区町村へ提出されます。
反映まで1〜2か月かかることがあります。
会社に前職のことを知られたくない場合
特別徴収に切り替えると、住民税額から前年の収入の目安が伝わります。気になる場合は普通徴収のまま自分で納め続けることもできます。切り替えは義務ではありません。
ただし翌年度分からは、新しい勤務先で特別徴収が始まるのが通常です。避け続けられるものではない、という点は知っておいてください。
もう一つの見落とし|確定申告で戻ってくることがある
年の途中で辞めて再就職しなかった人は要チェック
会社員の所得税は、1年間働くことを前提に毎月の給与から概算で引かれています。その精算をするのが年末調整です。
年の途中で辞めて、その年に再就職しなかった場合、年末調整を受けられません。つまり払いすぎた所得税がそのままになっている可能性が高いということです。
年の途中で退職し、その年のうちに再就職しなかった
退職後に国民健康保険料や国民年金保険料を自分で払った(社会保険料控除の対象)
生命保険料控除や医療費控除を使っていない
源泉徴収票が手元にある
還付は翌年の住民税にも効く
確定申告で所得や控除が正しく反映されると、その情報は市区町村にも回り、翌年度の住民税の計算にも反映されます。
つまり確定申告は、所得税の還付を受けるだけでなく、翌年の住民税を適正な額にする意味もあります。退職後に社会保険料を自分で納めた方は、この効果が大きくなります。
よくある質問
まとめ|住民税は1年遅れて来る。先に取り分けておく
住民税は前年の所得にかかる。収入ゼロでも去年の分は納める
納める先は1月1日時点の住所地。引っ越したら必ず届出を
在職中は特別徴収(年12回)、退職後は普通徴収(年4回)
1月1日〜4月30日の退職は一括徴収が原則(地方税法321条の5第2項)。選べない
6月1日〜12月31日の退職は選べる。何もしなければ普通徴収
金額は住民税決定通知書の月割額×残りの月数で概算できる
払えないなら、納期限が来る前に市区町村へ相談する
再就職したら特別徴収に戻せる(納期限が過ぎた分を除く)
年の途中で辞めて再就職しなかったら確定申告で還付の可能性
退職後のお金で不意打ちを食らうのは、たいてい住民税です。健康保険も年金も退職時に案内がありますが、住民税だけは、何も言われないまま数か月後に請求書として届きます。
だから、やることはひとつです。退職する前に、住民税決定通知書を見て、残りいくらかを計算しておく。そして、その分を先に取り分けておく。それだけで、翌年の6月がまったく違うものになります。
もし取り分けが間に合わなかったとしても、市区町村の窓口は必ず相談に乗ってくれます。放置だけはしないでください。一人で抱え込む必要はありません。
※本記事は2026年8月時点で公開されている情報をもとに整理しています。住民税の税率・納期・減免や猶予の運用は市区町村によって異なり、制度改正でも変わります。実際の税額と手続きは、お住まいの市区町村の税務担当課、または税務署でご確認ください。主な参照元:総務省、大阪市、札幌市、福岡市の公表資料。





