「会社から辞めてほしいと言われた」「今後のキャリアを考えてはどうかと面談で言われた」——それは退職勧奨(たいしょくかんしょう)です。解雇ではありません。だから、あなたには断る権利があり、応じるなら条件を決める権利があります。
私は人事・労務として10年、会社側で退職勧奨の面談を設計し、実際に伝える側にいました。そのあと退職支援の会社で1,000件以上の相談を受け、今度は勧奨された側の話を聞き続けました。両方を見てきたからこそ言えるのは、退職勧奨で損をする人は「解雇と勘違いして慌てて応じる人」と「自己都合の退職届を出してしまう人」だということです。
この記事では、退職勧奨とは何か・解雇との違い・違法になる線・会社都合になる条件・断り方・応じるなら決めておく条件を、会社側の手の内も含めて解説します。
・会社が退職勧奨をする本当の理由と「遠回しのサイン」
・違法(退職強要)になる線引きと判例
・断り方と、断ったあとに起きること
・応じる場合に会社都合になる条件と、退職届の書き方
・上乗せ退職金・解決金など、応じる前に決める7つの条件
・失業保険への影響(特定受給資格者・給付制限なし)
退職勧奨とは|会社が「辞めてくれませんか」とお願いすること
退職勧奨(読み:たいしょくかんしょう)とは、会社が労働者に対して自主的な退職を働きかけることです。法律上は「お願い」であり、労働者が応じて初めて退職が成立します。断れば雇用は続きます。
| 退職勧奨 | 解雇 | |
|---|---|---|
| 何をするか | 会社が退職を勧める・お願いする | 会社が一方的に契約を終了させる |
| 本人の同意 | 必要(断れる) | 不要 |
| 法律の制限 | 自由に行える。ただし執拗・強圧的だと違法(退職強要) | 客観的に合理的な理由と社会的相当性が必要(労働契約法16条)。要件は厳しい |
| 退職の形 | 合意退職(会社都合扱いになる) | 解雇(会社都合) |
| 会社側の事情 | 解雇は無効になりやすいので、まず勧奨で「合意」を取りたい | 解雇予告手当・訴訟リスクを負う |
会社が退職勧奨をする本当の理由|人事側の手の内
会社が解雇ではなく退職勧奨を選ぶ理由は一つです。日本の解雇規制は厳しく、解雇は裁判で無効になりやすいからです。だから会社は「本人が自分で辞めた」形を作りたい。人事の会議では次のような整理をします。
| 会社が言う理由 | 人事側の実際の事情 |
|---|---|
| 「能力不足」「期待する成果が出ていない」 | 解雇するには改善指導の記録・PIP(業績改善プログラム)などの積み重ねが要る。それが足りないので勧奨で済ませたい |
| 「組織再編」「ポジションがなくなる」 | 整理解雇には4要件(人員削減の必要性・解雇回避努力・人選の合理性・手続きの妥当性)が要る。要件を満たす自信がない |
| 「あなたのキャリアのため」「もっと合う職場がある」 | 会社都合の解雇にすると助成金の受給停止など会社側に不利益がある。「自己都合」で辞めてもらえれば一番助かる |
| 「早期退職の募集」 | 募集形式なら勧奨より心理的に応じやすい。ただし応募制の場合は失業保険の扱いが変わる(後述) |
「遠回しの退職勧奨」のサイン
- ✅ 面談で「今後のキャリアをどう考えている?」「この会社で続けていく気持ちはある?」と繰り返し聞かれる
- ✅ 突然、仕事を外される・仕事が回ってこない・雑務だけになる
- ✅ 人事同席の面談が設定され、内容が業務改善ではなく「進退」の話になる
- ✅ 「転職支援サービスを紹介できる」「退職金を上乗せできる」と条件の話が出る
- ✅ 人事評価が急に下がり、「改善計画」の書類に署名を求められる
退職勧奨が違法になる線|「退職強要」の判例と基準
退職勧奨そのものは違法ではありません。しかし、労働者の自由な意思決定を妨げるほど執拗・強圧的になると「退職強要」として違法(不法行為)になり、慰謝料の対象になります。
| 違法性が高い行為 | 根拠・判例 |
|---|---|
| 断っているのに何度も・長時間面談を繰り返す | 下関商業高校事件(最高裁 昭和55年7月10日):断った後も長期間にわたり多数回の勧奨を続けた行為を違法とし、慰謝料を認めた |
| 複数人で囲む、大声、人格否定、「辞めないと解雇する」「経歴に傷がつく」などの脅し | 自由な意思決定を妨げる言動=退職強要 |
| 退職を拒否したことを理由に減給・降格・配置転換・仕事外し | 報復的な不利益取扱いは無効・違法。「追い出し部屋」も同様 |
| 退職届を書くまで帰さない、その場で署名を迫る | 強迫による意思表示は取り消せる(民法96条) |
断り方|断っても不利益は受けない
断ったあとの居心地は正直よくありません。ただ、会社側は「断られたら解雇に踏み切れるか」を必ず検討し、多くの場合は踏み切れません。断ることで、あなたは「辞めるとしても条件を交渉できる立場」を手に入れます。
応じる場合|「会社都合」になる条件と退職届の書き方
条件が合えば応じるのも合理的な選択です。ここで一番大事なのが失業保険の扱いです。
| 退職の形 | 離職理由 | 失業保険 |
|---|---|---|
| 退職勧奨に応じて退職 | 「事業主からの働きかけによる退職」=特定受給資格者 | 給付制限なし。待期7日後から受給。給付日数は会社都合と同じ90〜330日 |
| 自分から「一身上の都合」で退職届を出した | 自己都合 | 給付制限1か月。給付日数90〜150日 |
| 早期退職優遇制度に「応募」して退職 | 原則自己都合(応募制は勧奨に該当しない扱い) | 給付制限あり。ただし個別に勧奨を受けた事実があれば異議を出せる |
「会社都合」は本人にデメリットがある?
「会社都合だと転職に不利」と心配する人がいますが、転職先が離職票を見ることはありません。履歴書には「一身上の都合により退職」でも「会社都合により退職」でも構わず、面接で「組織再編に伴う退職勧奨に応じた」と説明すれば、それで不利になることはまずありません。会社都合を避けたいのは会社側(助成金の停止など)であって、あなたではありません。
応じる前に決める7つの条件|退職合意書に入れること
退職勧奨は「お願い」なので、応じる代わりに条件を求めるのは当然です。人事側も、ある程度の上乗せは予算に組んでいます。口頭ではなく「退職合意書」に書かせてください。
| 条件 | 相場・考え方 |
|---|---|
| ① 退職日 | 転職活動の期間を確保できる日に。「今月末」と言われても、1〜3か月後を求めてよい |
| ② 上乗せ退職金・解決金 | 給与の3〜6か月分が交渉の出発点になることが多い(会社規模・勤続・事情で幅がある)。「解雇なら争う」という姿勢が交渉力になる |
| ③ 離職理由 | 離職票に「事業主からの働きかけによる退職」と記載すること |
| ④ 有給の消化または買取 | 退職日までに全消化、できない分は買取を求める |
| ⑤ 退職日までの扱い | 出社免除(自宅待機・有給扱い)、引き継ぎの範囲 |
| ⑥ 再就職支援 | 転職エージェントの紹介・費用負担(アウトプレースメント)を会社が用意していることがある |
| ⑦ 口外禁止・誹謗中傷禁止の条項 | 会社側が入れたがる。入れるなら「双方」に適用させ、退職理由を転職先に説明できる余地を残す |
「能力不足」を理由にされたとき
退職勧奨の理由で最も多いのが能力不足です。ここで知っておいてほしいのは、能力不足を理由にした解雇はきわめて認められにくいという事実です。会社が解雇に踏み切るには、具体的な指導・改善の機会・配置転換の検討などを積み重ねた記録が必要で、多くの会社にはそれがありません。だからこそ勧奨に頼っています。
- ✅ 「能力不足」の具体的な事実(何が・いつ・どの基準に対して)を書面で求める
- ✅ 改善指導を受けた記録があるか確認する。なければ「指導も機会もなく退職を求めるのは不当」と主張できる
- ✅ PIP(業績改善プログラム)の書類に署名を求められたら、内容を確認してから。「達成できなければ退職」という条項があれば署名しない
- ✅ 評価が急に下がった時期と、勧奨の時期が一致していないか記録する
失業保険・お金の面で確認すること
退職勧奨に関するよくある質問
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まとめ|退職勧奨は「お願い」。断れるし、応じるなら条件を決められる
- ✅ 退職勧奨は解雇ではない。その場で返事をしない
- ✅ 断るなら書面で。断った後の執拗な勧奨は違法(退職強要)
- ✅ 応じるなら退職届に「一身上の都合」と書かない。離職票の理由を「事業主からの働きかけ」にさせる
- ✅ 特定受給資格者=給付制限なし・給付日数は会社都合と同じ
- ✅ 退職日・上乗せ退職金・有給・出社免除・再就職支援を退職合意書に
- ✅ 面談は録音とメモ。「能力不足」は具体的事実と指導の記録を求める
退職勧奨を受けた瞬間は頭が真っ白になります。でも、この制度は「会社が解雇できないから、お願いしている」状態です。主導権はあなたにあります。持ち帰って、記録して、条件を決めてから返事をしてください。
※本記事は労働契約法16条、民法96条・627条、下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日判決)、ハローワークの特定受給資格者の範囲(事業主から退職するよう勧奨を受けたことにより離職した者)をもとに2026年9月時点で作成しています。解決金の相場は一般的な目安であり、個別の事案は弁護士・労働組合にご相談ください。筆者は弁護士ではありません。



